Skills
上級
接客販売
中級
Keynote
中級
Illustrator
中級
Photoshop
Experience
1990
-
子供のころ
小さい頃から世話好きで、誰かを守ることが自分の喜び。
2つ下の弟ふたりの面倒を見ることが生きがいだった。
1995
阪神・淡路大震災
被災地に親戚が住んでいた。
早朝から電話の嵐。見たことのない焦り方をする親の様子に驚く。
ニュースを見て「災害」「死」に対し強い恐怖を感じる。
母親に相談するも「大丈夫、お母さんの方が先に死ぬから」と笑って返された。
そういうことではない。自分が死ぬことだけが怖いのではない。
恐怖が解消されず、考え込んで眠れない日々を過ごす。
1998
漫画「シャーマンキング」に出会う
登場人物の多くが死んでおり、活躍している。「死後の世界がこんな感じなら怖くないかも」と思うことができ、子ども心には救いだった。
以降、人生の教科書と定めて愛読。
世界各地の文化や宗教の要素が盛り込まれており、社会(地理)の勉強が好きになる。
舞台として登場した恐山に魅了され、毎日青森県の地図を眺めるようになる。
気づけば青森おたくになっていた。
2003
-
災害に怯える毎日
家の都合で杉並区高円寺へ引っ越す。
そこは東京都が発表する「地域危険度」で、一番危険なランク5に該当。
古い木造家屋が密集しており、大規模な火災旋風の危険が指摘されている。
そうなれば友達も家族も自分も、大事なものが何も守れないと思った。
揺れを感じるたびに「これでみんな死ぬかも」と考える。落ち着かない毎日。
2009
- 2014
大学で地理を学ぶ
シャーマンキングの影響で、勉強するなら地理一択。日本で一番大きい地理学科があると聞き、駒澤大学に入学。
国内外の地誌、文化や宗教、地震等に興味があった。
アルバイトの初給料で無印良品の防災セットを購入。
これまで怯えるばかりだったが、やっと自分で災害への備えができるようになり、嬉しかった。
2011
東日本大震災
起震車や防災館以外で、初めて感じる震度5強。古い木造の実家2階は強く揺れ、生まれて初めて本気で死を覚悟した。
震災の2日後、アルバイト先の結婚式場で、新郎がいわき市出身のため親族席がガラガラな披露宴を担当。その光景や新郎新婦の表情が頭に焼きつく。
ゼミに大槌町出身の学生がいたが、かける言葉が見つからない。
誰より災害に怯え、備えていたつもりだったのに何もできなかった。悔しかった。
2014
- 2018
都内百貨店の販売員
説明会で「東日本大震災の被災地に商品を贈った」と聞き、お菓子のメーカーに入社。販売職、副店長を務める。
冠婚葬祭に寄り添う仕事。進物体裁、贈答知識を学ぶ。
トヨタのカイゼン活動を、接客の現場に取り入れるプロジェクトに参加。数値化が難しいとされるものを、工夫して定量的に評価することにおもしろさを感じる。
チームワークが非常に重要な仕事。本音で話すことの大切さを学ぶ。
2015
tovoに出会う
東日本大震災で親を失った子どもたちを、青森から継続的に支援するプロジェクト。
職場の青森出身の方から、帰省みやげにコースターをもらって知る。
それまでイメージしていた募金等とは違い、ほしいと思ったかわいいグッズを買うことで支援になるという仕組みに衝撃を受ける。
通販でグッズを購入していたら、主宰の小山田さんが年賀状をくださった。いつか必ず会いに行こうと決める。
2017
会社と東京に限界を感じる
組織の闇が見えてくる。ちゃんと仕事をする人が潰されていく環境。大好きな上司たちが次々に会社を辞めていった。
尊敬できる先輩がいなくなり、このまま勤めた場合の自分の将来が不安に。
仕事と通勤により、人と接することが嫌になる。いかに人と関わらずに済ませるかを考える日々。楽しくない。
東京で災害が起きれば、逃げる場所は確実に足りない。このままでは多分何も守れない。
転職を考えた。青森に行きたい。
2018
- 2020
青森県黒石市 地域おこし協力隊
地域にはこだわらず、青森県内の仕事を探した。
前職の経験が繋がりそうな「物産振興」の仕事で協力隊を募集していた黒石市へ。
以下の3つを目標に活動。
①東京から出ていこうと思う人を応援すること。そのときに青森を、黒石を選択肢に入れてもらうこと。
②災害が起こる前に準備し、後悔しないようにすること。少しでも多くの悲しみを減らすこと。
③地域も自分も一緒に稼げるようになること。
2020
-
これから
ずっと青森で暮らしつづけるため、自分にできることを探しながら生きる。