2026年6月22日、東京大学安田講堂で開催された「第1回東京政策選手権」で、僕たち聖学院高等学校のチーム「Cascade」は最優秀賞を受賞した。
名前を呼ばれた瞬間、最初に感じたのは喜びではなかった。
「本当に自分たちなのか」
すぐには結果を信じることができず、事実なのかを疑った。それでも、少しずつ状況を理解していくうちに、ようやくうれしさが込み上げてきた。
ただ、ここまでの道のりは、決して順調なものではなかった。
相談できない子どもを、どう支えるか
東京政策選手権は、東京都内の高校生が東京の社会課題に向き合い、政策として解決策を提案する大会である。
僕たちが提案した政策は、「Silent Signal Tokyo-沈黙格差レーダー」。
学校には、欠席や遅刻、課題提出率など、生徒の変化を示すさまざまな情報がある。しかし、先生が一人ひとりの小さな変化を継続的に追い続けることには限界がある。
そこで、学校がすでに持っている生活データをAIが分析し、普段とは異なる変化を検知する。変化が見つかった場合には、教師やスクールカウンセラーなどの大人が生徒に声をかけ、必要な支援につなげていく。
ただし、AIが「この生徒には問題がある」と判断する仕組みではない。
AIはあくまでも、人間が小さな変化に気づくための補助である。最後に判断し、生徒に寄り添うのは人間だ。
僕たちが目指したのは、相談できた人だけが支援を受けられる社会ではない。
「困ったら相談してね」と言われても、自分から相談できない人はいる。その声にならないSOSを、支援する側から見つけにいく仕組みをつくりたかった。
プレゼンテーションの最後には、僕たちの思いを一つの言葉にした。
「言えなくても、見逃さない。」
この言葉が、Silent Signal Tokyoの中心にある考えである。

自分でも「ひどかった」と思う予選
2026年5月25日、僕たちは西東京予選大会に出場した。
しかし、予選でのプレゼンテーションは、自分で振り返ってもひどい出来だった。
伝えたい内容をうまく整理できず、政策の必要性や仕組みを十分に伝え切れなかった。発表が終わった時には、決勝進出は難しいのではないかと思っていた。
それでも、結果は予選2位。
なんとか決勝大会への出場権を得ることができた。
もちろん、決勝に進めたことはうれしかった。しかし、このままの状態で決勝に出ても優勝できないことは、メンバー全員が分かっていた。
僕たちは、予選の失敗から逃げずに、政策とプレゼンテーションを一から見直すことになった。
チームの中で起きた衝突
決勝に向けて準備を進める中で、チーム内の関係もうまくいかなくなった。
原因は、それぞれが考える進め方の違いだった。
どこから手をつけるのか。何を優先するのか。どこまで内容を深めるのか。誰がどの役割を担当するのか。
一人ひとりが真剣だったからこそ、自分の考えを譲れず、意見がぶつかった。話がまとまらず、準備が思うように進まない時期もあった。
正直、チームとして最後までやり切れるのか、不安になることもあった。
それでも、最終的には話し合うしかなかった。
特別な方法で一気に解決したわけではない。それぞれが考えていることを言葉にして、相手の意見を聞き、少しずつ進む方向をそろえていった。
簡単に「絆が深まった」とまとめられるようなきれいな話ではない。
それでも、意見が違う状態から逃げずに話し合った経験は、政策をつくることと同じくらい重要だったと思う。
社会課題には、一つの正解があるとは限らない。考え方の違う人と向き合い、共通点を探しながら前に進む必要がある。
僕たちはチーム内の衝突を通して、それを自分たち自身で経験した。
安田講堂での決勝
決勝大会の会場は、東京大学安田講堂だった。
決勝には東西の予選を通過した4チームが出場し、東京都副知事をはじめとする審査員の前で、それぞれの政策を発表した。
予選の時とは違い、決勝では、なぜこの政策が必要なのか、どのようなデータを使うのか、AIと人間の役割をどう分けるのか、プライバシーにどう配慮するのか、導入にはどれくらいの費用がかかるのかまで、具体的に説明した。
ただアイデアを紹介するのではなく、東京都の政策として本当に実現できるのかを考え抜いた。
予選で失敗したからこそ、自分たちに足りないものが分かった。
チーム内で衝突したからこそ、それぞれが納得できるところまで話し合い、政策を深めることができた。
決勝で発表したSilent Signal Tokyoは、最初から完成していた政策ではない。
失敗し、ぶつかり、そのたびに修正を重ねた先にできた政策だった。
優勝は、終わりではなかった
最優秀賞としてCascadeの名前が呼ばれた時、すぐには信じられなかった。
予選のプレゼンテーションはひどかった。チーム内で仲違いもした。準備が止まりかけたこともあった。
その過程を知っていたからこそ、自分たちが優勝したという結果を、すぐには受け止められなかったのだと思う。
それでも、壇上に立ち、仲間と結果を受け取った時、ここまで続けてきてよかったと感じた。
今回の経験から学んだのは、最初から完成度が高いことよりも、失敗した後にどう向き合うかが重要だということだ。
予選でうまくいかなかった時に諦めていたら、優勝はなかった。
仲間と意見が合わなかった時に、話し合うことをやめていたら、決勝の政策は完成しなかった。
そして、東京政策選手権での優勝は、Silent Signal Tokyoのゴールでもない。
僕たちが本当に目指しているのは、賞を取ることではなく、相談できずに苦しんでいる子どもが見逃されない社会をつくることだ。
「言えなくても、見逃さない。」
安田講堂で発表したこの言葉を、発表だけで終わらせないために、これからも政策を深め、実現に向けて動き続けたい。

こちらの動画から この大会の様子が見られるので是非見てみてください
予選大会↓
決勝大会(安田講堂)↓

