・
Note 1.
「アシスタント歴についてのお話」
アシスタント歴については、
AD(アートディレクター)に依頼の来た仕事をお手伝いしているので、
どこか恐縮する気持ちがあって、
これまで自分の経歴には書かないようにしていました。
けど、歳を重ねて、最近いろいろな方と深く話す機会も増えて、
人生の歩みってひとそれぞれ面白いなぁと感じることが多くて、
私も何か自分の経験を言葉にしたいな〜と思い、
ここに少しだけ書きとどめておこうと思いました。
ここにたどり着いた、私のこれまでの歩みに
もし興味をもってくださる方がいれば、読んでいただけたら〜と思って書いています。
・
まだうら若き20代から30代のはじめ頃、
私はちょっとだけ特殊なアシスタント歴を送っていました。
新卒で事務所に飛び込ませていただいたのは、白井敬尚さんの事務所で、
そこでブックデザインやタイポグラフィの基礎を学ばせていただきました。
(何もできないまま飛び込んでしまったので、今でも頭が上がりません…)
その後の数年間は、自分の仕事を時折しながら、
さすらいのアシスタントデザイナーのような形で、
須山悠里さん、羽良多平吉さん、セキユリヲさんのアシスタントを
同じ時期に掛け持ちで務めていました。
(もちろん、掛け持ちしていることは、オープンに皆さんにお伝えしていました)
その途中からは、マガジンハウスの雑誌『&Premium』のデザインチームにも入り、
ADの中津創一郎さんのもと、デザイナーの一人として数年在籍していました。
アシスタントデザイナーや、ADのもとで行うデザインの仕事は、
本当にたまたま友人や知人からの紹介でご縁をいただいていたのですが、
どの方も、学生時代に憧れていた方ばかりで、
今振り返っても、なんと幸運で贅沢な時間だったのだろう〜と感じます。
ADの方によって、デザインに対する意識や哲学はさまざまで、
形や意味の捉え方、紙面の中の空間の抜けや構成に対する答えの出し方も違えば、
大切にされている歴史や、世界との繋がり方、人との関わり方も違いました。
もちろんソフトの使い方も異なり、
Qを使ったり、pointを使ったり、mmを使ったり、
数値は偶数だけを使ったり、地球の地軸の傾きの数値を使ったり、
使用する単位や数値も様々でした。
デザインというのは、こんなにも自由なのだな〜としみじみと感じたのを覚えています。
そして、いざ自分自身の仕事と向き合い、
私にできるデザインはどんなものなのだろう〜?と考えるようになったとき、
そのさまざまな経験が、自分の立ち位置を見つける
手がかりになっていたように思います。
一人で仕事をするようになった今でも、
作業をしていると、今自分がこう考えて手を動かしたのは、
あのとき教わったあの考え方だなと思うことが時々あり、
アシスタントをしていた時間は、
今も自分の中に残っているんだな〜と感じます。
・
Note 2.
「フリーランス所属についてのお話」
私の名前をGoogleで検索すると「ea」という会社が出てきて、
私もメンバーのひとりとして名前が載っています。
これは「ea」の会社員というわけではなく、
フリーランスとして所属している〜という形なのですが、
そもそも「フリーランス所属」とは何なのか、というお話です。
・
もともと、Note 1. の「アシスタント歴についてのお話」でも少し書いた通り、
私はフリーでいろいろなADの方のアシスタントをしながら、
少しずつ自分の仕事が増え、独立して今にいたっています。
現在は「海と例」という屋号で、
自分ひとりでAD兼デザイナーとして活動しています。
eaはもともとはグラフィックデザイナーのセキユリヲさんの作った会社で、
eaとのご縁は、大学の同級生が社員として所属していたことがきっかけで、
そこから少しずつ縁をつないでもらい、今のような形になりました。
「フリーランス所属」というのは、
「ea」の中で、社員とは別に実験的に設けられた
シェアオフィスよりもさらにゆるやかなつながり方です。
常に一緒に仕事をしているわけではないけど、
なんとなく、みんながつながっていて、
打ち合わせの際に共有のオフィス使わせてもらったり、
所属している人に合いそうな案件があれば声を掛け合ったり、
という関係性です。
私は基本的には一人で仕事をしていますし、
どこかにしっかりと守られている、という感覚でもありません。
けど、何かあったときに気軽に相談ができたり、
ときどき同じ空間で仕事をする人がいて、
それぞれが自立したまま、ゆるやかにつながっている〜という
親しいお隣さんのような存在です。
私と同じように、写真家さんや演出家さんなど
いろいろなクリエイターの方がフリーランス所属をしていますが、
実は作曲家である私の夫もそのひとりで、
ちょっとおもしろい隣人関係が広がっています。
