Ⅰ.生徒会とは何か —— 私の定義
私は、生徒会を “生徒を代表して学校をより良くしていくための組織” だと捉えている。
ここで言う「代表」とは、単に多数派の意見を代弁することではない。
声の大きい意見や、分かりやすい要望だけを拾い上げることなら、それは代表ではなく代行に近い。生徒会が担うべき「代表」とは、生徒一人ひとりの立場や状況、言葉にならない違和感や迷いまでも含めて想像し、その総体として学校と向き合う役割だと考えている。
また、「学校をより良くする」という言葉も、安易に使えるものではない。行事を増やすことや、制度を変えることだけが「良くする」ことではない。安心して意見を言える空気、失敗が許される雰囲気、自分の居場所があると感じられる日常。
そうした目に見えにくい要素も含めて、学校は形作られている。
生徒会は、学校を“動かす組織”である以前に、学校をどう捉え、どう在りたいかを問い続ける組織であるべきだと、私は思っている。
Ⅱ.代表であるということ —— 多数決ではない責任
『生徒を代表する』という立場に立つことは、想像以上に重い。
全員の意見が一致することはほとんどない。
ある施策が誰かにとっては前進でも、別の誰かにとっては負担になることもある。
その中で生徒会、そして生徒会長は、最終的に一つの判断を下さなければならない。
私は、生徒会長とは “全員を満足させる人ではなく、全員に対して説明責任を負う人” だと考えている。
賛成されなかった意見に対しても、「なぜその判断に至ったのか」を誠実に説明し続けること。納得されなかった結果からも逃げずに向き合うこと。それが、代表であるということの本質だと思っている。
だからこそ、生徒会は単なる話し合いの場ではなく、判断と責任を引き受けるための組織でなければならない。
Ⅲ.生徒会長という職務 —— 私が引き受けたもの
私が生徒会長という役職を引き受けたのは、前に立ちたいからでも、目立ちたいからでもない。
むしろ、
・決断することの孤独
・正解のない選択を迫られる不安
・誰かの不満を引き受ける覚悟
そうしたものを理解した上で、それでも逃げずに立つ人が必要だと感じたからだ。
生徒会長は、常に正しい判断ができる存在ではない。
失敗もするし、後悔する選択もある。
それでも、その結果から目を逸らさず、次にどう活かすかを考え続ける役割だと思っている。
私は、生徒会長として ‘間違えないこと’ よりも、‘考え続けること’ を選びたい。
Ⅳ.「喜紡」というテーマに込めたもの
私が生徒会活動のテーマとしてとして掲げた言葉は 「喜紡(きぼう)」 である。
この言葉には、喜びを誰かが一方的に与えるのではなく、生徒一人ひとりの行動や想いが重なり合い、学校全体として喜びが紡がれていく、そんな状態を目指したいという意味を込めている。
生徒会が何かを ‘してあげる’ 存在になると、学校は受け身の空間になってしまう。
そうではなく、生徒会はきっかけを作る存在でありたい。
生徒自身が関わり、考え、時にはぶつかりながら学校を形作っていく。
その循環を生むことこそが、生徒会の役割だと信じている。
Ⅴ.全うするための方法 —— フェーズ制と更新前提
この思想を現実の活動に落とし込むため、本年度の生徒会活動は学期ごとにフェーズを分けて進める設計としている。
これは、最初から完成形を目指すのではなく、振り返りと修正を前提に組織を成長させていくための仕組みである。
また、このRESUME自体も、活動の進行に合わせて更新していく予定である。
それは、“今の考えが最終形ではない” という前提に立っているからだ。
変わった部分も、迷った痕跡も含めて記録し続けることが、生徒会長としての誠実さだと考えている。
Ⅵ.結び —— 決意として
生徒会長という役職は、任期が終われば終わる。
しかし、ここで下した判断や、引き受けた責任は、確実に自分の中に残る。
私は、生徒会を『やり切った経験』ではなく、『向き合い切った経験』として残したい。
生徒を代表して学校をより良くしていく。
その言葉の重さから逃げずに、最後までこの職務を全うすることを、ここに記す。
