梅ヶ丘ノスタルジア

OVERVIEW

【創作実習課題/小説】テーマ:食事(食事のシーンを必ず入れる)/400字詰め原稿用紙5枚以内。 小説を書く課題でしたが、紀行文になってしまいました。この作品の講評ではこういうブログを読んでみたい、という感想をいただきました。

YEAR 2020


 海外旅行から帰国した後、最寄りにある『らーめん せい家』に行くのが我が家のきまりのようなものだった。オーストラリアから夜便で帰国し、家に着いた頃には午前十時を過ぎていた。朝一でもラーメンを食べないと私の旅は終わらせられない。お腹をすかせて店まで行くと、店に明かりはなく、窓には、閉店の知らせと、今まで貼ってあったはずのチラシを剥がしたテープの跡だけが残っていた。

急いで幼馴染に連絡すると、「知らなかったの?」と返信が来た。知るはずがない。私が日本を発つ前日、二週間前までは確かに店は営業していた。いつもトッピングを多めに盛ってくれる顔馴染みの店員だっていた。私が生まれた年と同じ年にできた店。私はこの店に幼少の頃から通っていて、両親や死んだ祖母、離れて暮らす兄姉と一緒に食べた思い出だってある。最寄り駅からの帰り道、お店の外まで漂う脂っこい匂いに誘われて、いろんな感情でこのお店を訪れては、いつもと同じラーメンを食べ、ずっと変わらない美味しさに救われてきた。

そんな私に黙って店を閉めるなんて。幼馴染によれば、閉店を大々的に知らせる事もなく、ただひっそりと店を畳んだらしかった。大好きな店がなくなったという寂しさと、空かせた腹をラーメンで満たせない悲しさで一気に脱力してしまう。実を言うとこの店自体は年々店舗数が増えており、二駅となりの下北沢にも店舗があった。別に二度とこの店のラーメンを食べられなくなるわけではない。

ぐう、と大きい音が鳴る。まるで泣いているみたいだ。お店が閉まってしまったのならもう仕方がない。かといって下北沢まで歩いて行く元気もパスモもない。とにかく私は何かを食べて一息つきたかった。いつもとは違う旅の締めくくりもいいじゃないか、と言い聞かせて商店街を進む。どうせなら優雅にブレックファーストと洒落込みたい。

美登利寿司を過ぎると、商店街の店の並びに喫茶店があった。いつも駅まで歩く途中に外まで香ってくる珈琲のいい匂いを嗅いでいたが、喫茶店は敷居が高いイメージがあり、一度も入ったことがなかった。うん、優雅にブレックファーストととしてふさわしい場所はここしかない。

喫茶店の中に入ると、左手には様々なコーヒー豆が並んでおり、一つ一つのケースに名前と原産国が書かれていた。どうやら豆の量り売りもしているらしい。右手にはコーヒー豆を焙煎するためだけのスペースがあった。店員さんに声を掛けられ広い席に着く。メニューを見ると、コーヒーの種類が多い。私は特別コーヒーにこだわりがあるわけでもないので、カフェオレの上に生クリームとキャラメルソースが掛けられているドリンクと、優雅なブレックファーストとしてふさわしいパンケーキのプレートを注文した。店内には一人で来ているおばあさんと、読書をしている女性がいた。茶色を基調とした店内は落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした音楽が流れていて居心地がいい。おばあさんは店員さんと気さくに談笑していた。地元の人から愛されるお店なのだろうな、ともうすぐ住んで二十年になるのにどこか他人行儀なことを思った。

女性の店員さんがアイスのキャラメルドリンクを運んできた。カフェオレの上にはキャラメルソースが掛けられた、生クリームが乗っている。いかにも喫茶店らしい、銀色の長細いスプーンでクリームを掬って口に運ぶ。柔らか過ぎない食感で、しっかりとした甘さが口に広がった。カフェオレ自体は甘くなく、少しの苦味とクリームが混ざり合うことで、なんとも言えない幸せな味がした。

キャラメルを味わっていると、パンケーキのプレートが来た。全体に均一に火が通っている二段のまあるいパンケーキの一口目は蜂蜜をかけずに、パンケーキの上の段の花型にくりぬかれている真ん中の部分を、その下で溶けているバターにつけてから口に入れた。少し硬めの生地は甘さが控えめでしつこくない。

細切りのキャベツとにんじんとコーンのミニサラダは少し酸味のあるドレッシングか掛けられていた。焼き目のついていないウインナーは家で食べるのと違って色が白っぽく、所々にハーブや胡椒が生地に練りこまれているみたいだった。ナイフとフォークで丁寧に切り分けて一口運べば、ぷつり、と音を立てながら、噛むほどに肉汁が口内で溢れるのがわかった。皿の上に盛られた粒マスタードにつけて食べると、また少し違った美味しさだった。パンケーキの一段目は蜂蜜をつけずに付け合わせをおかずに、二段目はバターを行き渡らせ、贅沢に蜂蜜を全部掛けて食べた。生地はバターが染みてほろほろで、甘い。私が今子供だったら、親に叱られそうなわるい味がした。

プレートを綺麗に食べ終えると満足感に包まれる。ラーメンは食べられなかったが、優雅なブレックファーストで無事に私の旅は終わらせることができた。家に帰って休んだら、夜は下北沢まで歩こうと思う。