資料② 歴史と触れ合う

OVERVIEW

史跡探索研究部での活動と歴史への思い

歴史というラザニア

私の歴史に対する初めのイメージ=裏切者 

私は幼いころ、古生物学にハマっていた。化石を見る為にあちらこちらの博物館を訪れていた。そんなある日、母に連れられて訪れたのは市立博物館の「ポンペイ展」であった。

私は今回も化石を楽しみにしていたが、最後まで化石を見ることは出来なかった。この時、私の歴史(人類史)に対するイメージは長らく

「歴史(古生物学)のまがい物」であった。

少年を変えたのは「ハゲ」だった。

小学四年生の夏休み、久々に訪れた市立博物館の特別展は「インカ帝国」。そこで私が見たものは光り輝く工芸品やミイラもあったが、何より心に残るのは「宣教師がインカ皇帝の処刑に立ち会っている大きな絵画」だった。宣教師の後ろには後光が射していた。その時思わず出た言葉は、

「ママ、あの人ハゲてるから光ってるね。」 母は必死で笑いをこらえていた。

この展示会以降、私はスペインやラテンアメリカの歴史に興味を持った。
今でもあの宣教師には感謝している。

少年は歴史の深みにハマる

歴史にハマればハマるほど、関連する歴史に触れることでどんどん沼にハマっていった。そのうち家には歴史関係の本が積み重なっていき、知識も積み重なった。

自分の歴史好きは全校に知れ渡り、ある日放送部のインタビューを受けることになった。

これまでの自分の歴史に対する思いを語る中で歴史も「積み重ね」だ。ということに気づいた。古い時代の何かが新しい時代に影響を与えながら埋もれる。いつの間にか私には歴史は美味しいラザニアのように思えてきた。積み重ねた人々の営み(生地)と出来事(具)を味わうことが歴史の楽しみであると私は考える。

史跡探索研究部との出会い

史跡探索研究部。この謎の部活の存在を知ったのは中学3年の秋だった。

当時すでに歴史オタクと化していた私はこの部活に興味津々だった。古墳調査や郷土料理制作、九州国立博物館へ行き美術品を鑑賞する等どの活動も私にとって魅力的なものばかりだった。しかしそんな部が部員不足に悩んでいると知り入学時には必ず入部すると即日心に誓った。

太宰府と五卿についての調査(1年次)

入部一年目の活動は大河ドラマが「西郷どん」明治維新150周年ということもあり、太宰府に逃れた尊王攘夷派公家「五卿」とそこを訪れた勤皇志士、そして幕末の福岡藩に関する調査を行った。実際に西郷隆盛が宿泊したと言われる旅館にインタビューを行ったり、天満宮内にある五卿や志士の足跡をたどった。

見慣れた場所に有名な偉人が集まっていたことを知り、その調査を行う中で、だんだん地域史への思い入れが深まっていった。このことはその後二年の活動の原動力となった

岩屋城の戦いについての調査(2年次)

戦国末期に起きた「岩屋城の戦い」をテーマとした調査を二年次は行った。今回は

・岩屋城の当時の姿と現在の四王寺山(所在地の有力候補)のジオラマ
・戦況についての資料       の制作を行った。

まずは実際に徒歩で四王寺山を登山し、自分たちで山の傾斜や石垣跡を確かめました。

その後、等高線にそって発泡スチロールを切り取って重ね、山の基礎を作り

そこに紙粘土で地形に沿ってなだらかになるように粘土で盛り土し、

水性絵具で着色した。

その後同じものをもう一つ制作し、こちらには柵や櫓、空堀を制作

草木はスポンジを利用した

完成したものは、実際に高文連で展示させて頂いた。

直前に学校の文化祭で行った校内発表展示では多くのお褒めの言葉を頂いた。

等高線や縄張りと組み合わせて調査する中で、両陣営の戦略や攻防がより分かりやすくなり、戦況をマクロと引きの二つの目線で見る目新しい経験をすることが出来た。また、次期部長として部長の仕事の手伝いをすることも多くなり、リーダーシップをとるための準備をすることもできた。


体育祭武者行進(2年次)

部員を増やし、部活を活性化させようと考えたことがきっかけで福岡ゆかりの武将である黒田官兵衛の兜や戦国時代の兵装を再現し体育祭の部活動紹介で着用した状態で行進した。今まであまり目立つことのなかった当部活のアピールに成功し、自ら企画して課題を解決することが出来たと考える 。

筑紫の菅原氏関連史跡調査(3年次)

コロナ明けに始まった最後の高文連での調査テーマは「菅原氏」。私の通う高校の位置する筑紫野市や太宰府市には菅原氏に関連する史跡が非常に多い。今まで身近過ぎて扱われなかったテーマに挑戦することに決めた。